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ラリるログ

せっかく色々考えているなら、脳内ダダ漏れしたほうが何か起こるかもしれないという社会実験

流されて流されてユートピア

自由に生きるんだ!と大見得切って会社を辞めたのが10ヶ月前。人から指示されたり、人に進むべき道を与えられることに強烈な違和感を覚えた私は、ついに人生のレールから外れることとなった。

 

いざ、「何してもいいよ」と言われると困っちゃう、という話は先日投稿した内容の通り。実際に困っている。

 

振り返れば、与えられ続けた人生だった。中学受験は周りに流されただけだし、大学も同じ。みんな行くから当然自分も行くという判断だった。就職もそう。

 

そもそも自分で決めたことなんてあったのかしら?と思ってしまうくらいにレール上だった。常識を疑わず、周囲と同じことをすることに違和感を感じずに歩む人生。とても窮屈に感じたので、飛び出してみた。

 

いざ、飛び出てみると、上記の通り、そもそも自分でしたいことって何だろうと真剣に考えたことないから、考えが詰まっちゃう。何よりも、人に決めてもらった方が楽という本末転倒な結論に達する。

 

特に娯楽。今、我が家にはTVがない。嫁の「いらん」の一言で、引っ越すときに義母にあげた。、ああ、私も就職してからTVはほとんど見てなかったから、特に不便していない。

 

が、ここに来て、TVの束縛性が懐かしくなる。TVって電源入れれば、向こうから娯楽がやってくる。当たり前だけど。7つある地上波から、一番面白いと思えるものにチャンネルを合わせればいい。なんと楽か。

 

自分から楽しいものを積極的に探しに行かなくても、向こうから来てくれる。仮につまらない番組ばかりだったとしても、相対的に面白いとかろうじて思えるものをだらだら見続け、面白い番組が始まるまで耐えれば良いのだ。

 

こうして人は自ら娯楽を探すという行動を忘れ、ただただ与えられるものを消化していく存在になっていくのだ。まるでWall-Eに出てくる宇宙船の中の人類のようじゃないか。

 

 

ある種のユートピア。ああああああああああ、素晴らしい。すべての快楽は向こうから来てくれる。私たちはただ、待っていればいいだけだ。酸素を二酸化炭素に、生命をうんこという有機物に変換する存在。地球の生態系において、どのような役に立っているのかわからないが、絶滅していないところを見ると何かの生物にとって人間は必要なんでしょう。

 

なんの話をしているんでしょうかね。人は迷うと碌なことを考えないんですね。